―――――音がする

ぎちぎち、かしん。
           ぎちぎち、かしん。

―――――――――おとが、する

ぎちぎち、かしん。
           ぎちぎち、かしん。


“報告報告、急がないと急がないと!”
声を上げながら、目の前を通り過ぎるものがひとつ。
お腹の部分にちくたくちくたくと動く大きな時計を埋め込まれた、ウサギ型のブリキ人形。それが、その“もの”のイメージ。

“報告報告、聖騎士さまがやられたよ”
「・・・知っている」
目の前の男はそのウサギの人形の報告を聞いても眉ひとつ動かさなかった。
手の内にある“本”のページを開き、中からクロスボウを持った騎士が描かれたカードを取り出して、一気に破り捨てる。
「たかだかカードの中にある偶像ではな・・・この程度か」
無造作にウサギの人形を蹴り飛ばす。頭の部分のつながりは無かったのか、がらんと音を立ててウサギの頭が転がっていった。
“あわわわたいへんだ、いそがないといそがないと”
あわてているのかもわからない調子で走っていくウサギの人形を尻目に、男は興味もなさそうな顔でそれを見送る。
「・・・物量で攻めるのも、もう少し“駒”が揃ってからだな・・・」
“そうそう、その通りですねぇ”
何処からか聞こえた声に顔を向けるでも無く、男が不機嫌そうな顔をした。
「・・・“チェシャ”か。貴様には偵察を命じたはずだ」
“もちろん、覗き見るのは得意だから、じっくりやってますよ”
闇の中で眼が光る。ゆっくりと実体を持ったそれは黄色に黒の縞を持つおおよそ猫らしからぬ笑い顔と笑い声の猫だった。
「ならば行け。貴様の醜怪な笑みは気分が悪くなる」
“嫌われたものだなぁ・・・まぁいいさ。あるじさま”
「・・・・」
ぎり、と歯がきしんでいる様子がわかる。男が放つ殺気を孕んだ怒気を受け流して、まるで包帯が風に舞うように猫の黄色い部分がくるくると解け、その猫は闇の中にその姿を消した。
「・・・悪趣味な世界だ」
男が呟く。しかしすぐに「だがこれも必要だ」と言うのは男の癖。
何者も否定し、だがその後でそれでも必要だと肯定する。
だからこそ、わたしはきっと解放されていない・・・。
「・・・なぁ・・・この悪趣味な世界がお前の能力なら、その能力を持ってしか自分足り得ないというのなら、俺がこの戦いを征するまで、お前に消えてもらうわけに行かないというのなら、それは必要だ。全くもって無価値だが、無意味ではない」
男がこちらを向いた。視線が絡む。
こちらに反抗できる力は無いのに、男はいつもそうして自分の優位を確かめる。
「――なァ、人形」
わたしには自由が無いから、答えない。
“鏡”の中で囚われて生きているわたしに、もとよりそんな問いに答えることは、意味が無い。
“鏡”の中からトランプの兵隊が現れ出て、男の前に跪く。


ぎちぎち、かしん。
         ぎちぎち、かしん。

オトガウルサイ

ぎちぎち、かしん。
         ぎちぎち、かしん。

身体に埋まった二枚の鏡が呼吸のたびにきしむ不協和音は、わたしの精神を磨耗させる。
そしてその間隙を突くようにして、男はその中の者たちを引きずり出していた・・・。